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『親指姫』(おやゆびひめ)は、デンマークの童話作家である、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの代表作の一つ。 あらすじ 親指姫は、チューリップの花から生まれた親指ほどの大きさしかない小さい少女である。ある日、ヒキガエルに誘拐されてしまう。魚たちの助けでなんとか脱出するものの、その後、コガネムシに誘拐され、さらには置き去りにされてしまう。秋になり、親指姫はノネズミのおばあさんのもとに居候する。しかし、隣の家の金持ちのモグラと結婚を強要される。しかしモグラの家にいた瀕死のツバメを介抱し、結婚式の日に親指姫はツバメと共に、花の国へ行く。そこで親指姫は、花の王子様と結婚する。

ポセイドーンは、ギリシア神話の海洋を司る神である。イオニア方言系ではポセイダーオーンとも呼ばれる。また、地下水の支配者でもあり、泉の守護神ともされる。エンシノガイオスという名もある。日本語では、ポセイドンとも呼ぶ。

概説 古くは先物取引 (特に地震を司る)であったと思われ、異名の1つに「大地を揺らす神」というものがある。また、馬との関わりが深く、競馬の守護神としても崇められた。三叉の矛(トリアイナ)を武器とするとされ、馬またはヒッポカンポスの牽く戦車に乗る。ポセイドーンの宮殿は大洋の中にあり、珊瑚と宝石で飾られているとされる。 トロイア戦争ではトロイアの王ラオメドンが城壁を建造した際の報酬を踏み倒した事を根に持っていたためにアカイア側に属している。 また、大地の神であった特質からデーメーテールの夫の位置にいる事もあったようで、ピガリアではデーメーテールとの婚姻も伝えられている。ポセイドーンの名前の意味も、「ポシス=ダー(大地の夫)」からきているとされているが、ジョン・チャドウィックは「ダー d? という語彙はギリシア語には1度しか現れないし『大地』という意味でもない」としてこの説を斥けている。

家系 神話では、クロノスとレアーの子。ハーデースの弟でゼウスの兄。オリュンポス十二神の1柱である。ネーレイデスの1人であるアンピトリーテーを后とし、トリートーン、オーリーオーン、ペーガソスなど多数の子がいる。

物語 ホメーロスの『オデュッセイア』ではキュクロープスはポセイドーンの子といわれる。キュクロープスをオデュッセウスが奸計を用いて盲目にしたところから、ポセイドーンが怒ってオデュッセウスが放浪することになったという。 アテーナイの支配権をめぐりアテーナーと争ったといわれる。2人がアテーナイの民に贈り物をして、より良い贈り物をした方がアテーナイの守護神となることが裁定で決まり、ポセイドーンは三叉の矛で地を撃って塩水の泉を湧かせたが、アテーナーはオリーブの木を生じさせた。これによってアテーナイはアテーナーのものとなったという。アテーナイのアクロポリスには、この塩水の泉が枯れずに残っていたといわれる。

評価 プラトンは対話編のなかでこの話を批判し、神々が己にふさわしい地を知らないはずがなく、このような争いがあったとは思われないとしている。対話編『クリティアス』のなかではポセイドーンは伝説の島アトランティスを自らの割り当ての地として引き受け、その中心に人間の女たちに生ませた子を住まわせたとしている(Crit. 113C)。 ギリシア彫刻の多くにおいて堂々とした威厳ある壮年の男性の姿で描かれる。アルテミシオン沖で発掘された古代盛期の青銅像が著名である。この像ではポセイドーンは裸体で三叉の矛をもった立像に描かれる。 ローマ神話におけるネプトゥヌス(ネプチューン)と同一視された。ローマでは、はじめ馬の神として崇拝され、また競馬の神とされた。ローマでは競馬場の近くにネプトゥヌスの神殿が建てられた(紀元前25年)。祭日ネプトゥナリアは7月23日に行われた。

ネプトゥヌス(古典ラテン語:Neptunus、ネプトゥーヌス)は、ローマ神話における海の神。妻はサラキア。英語読みのネプチューン(Neptune)でよく知られる。 元々どのような神であったかはよく分かっていないが、泉や河川、先物取引 であったとされる。後にギリシア神話のポセイドンと同一視され、馬の神としても崇拝されるようになったため、ローマ神話の馬の神コンススとも同一視されるようになった。祭日ネプトゥナリア(Neptunalia、ネプトゥーナーリア)は7月23日であり、ローマ市民は木の枝で屋根を作り飲食をおこなった。 他のローマの神同様、ネプトゥヌスの神話はほとんどがポセイドンのものである。

水中の火 ネプトゥヌス

起源 ネプトゥヌスは語源的にケルト神話のネフタンやインド神話・イラン神話のアパーム・ナパートと関連性が指摘されており、いずれも古いインド・ヨーロッパ語族系神話の水神に起源を有すると考えられている。音韻的にはいずれもインド・ヨーロッパ祖語の *neptonos(水の神(?))か *h2ep?m nep?ts(水の孫・息子・甥)に遡ることが可能で、いずれも類似した構成の神話を持っている。水中に神聖な炎があり、この炎は手出しをしてはいけないか、または穢れのない人物しか触ってはならなかった。しかしあるとき、そういう資格を持たない人物が炎を手に入れようとして失敗した。炎の周りの水はあふれ出し、そこから河川が誕生した。

ローマ神話 エトルリアとのウェイイ戦争(伝説によれば紀元前396年)が行なわれていたとき、ローマの南東20kmあたりにあるアルバヌス湖が、突如水位を増し始めた。季節は秋で、水が増える自然の要因はまったく考えられなかった。7月23日(ネプトゥナリア祭の日)、水かさはどんどん増していき、ついにはまわりを取り囲む丘陵を破って大きな流れがブドウ畑や畑のある低地を進みながら海のほうへと進んでいった。元老院はこれが何かの予兆だと考え、デルポイに神託を諮りに使者を出した。神託によると、この現象は先祖代々のラティウム祭をしきたりどおりに行なわなかったための怒りであり、アルバヌスの水はもとの河床に押し戻すか、または運河や堀を造って流れを整えよ、とのことだった。そこで祭司たちは儀式を執行し、人々は運河を造営した。この伝説のなかには「炎」の要素はみあたらないが、比較神話学者のヤン・プーヴェルは、ローマの歴史家ティトゥス・リウィウスがこの水の氾濫を止めたことを extinguere(英語の extinguished)と表現していることに着目した。これはリウィウスの時代、通常は「炎を消す」という意味で用いられた動詞だったからである。ただし最初にこの神話の類似を論じたジョルジュ・デュメジルは、この解釈は弱いとして反論している。

ギリシア神話 ギリシア神話においては、ダナオスの娘アミューモーネーが水を探しに行ったときサテュロスに襲われたが、それを助けた海神ポセイドーンは三叉の矛でもって大地を打ち、そこから泉があふれ出した。ポセイドンはアミュモネと通じ、彼女はナウプリオスを産んだ。音韻的には無関係だが、ダナオスの娘の夫(=義理の息子=水の男性親類)が3に関係のある事項によって水をあふれ出させるという構造は他の神話と一致するものである。

ケルト神話 アイルランドの伝説においては、ネフタン(Nechtan)は秘密の井戸の所有者であり、その井戸は彼と彼の3人の酌人のみが使うことができた。もし誰かが近づくと、井戸の水の中にある炎によって眼が焼かれてしまうのである。しかしネフタンの妻であるボアンド(Boand)は水を井戸からくみ出そうとした。彼女は三回半時計回りに井戸をまわり、そして三箇所を切断された(大腿・手・眼)。水は溢れかえって海へと流れ出し、ボアンドはそこで溺死してしまった。その流れは今では彼女の名前を取ってボイン川と呼ばれている。

イラン・インド神話 イランの神話においては、王権の象徴である炎フワルナフは、アパム・ナパート神(Ap?m Nap?t)によってウォルカシャ湖に安置されていた。アーリヤ人(ペルシア人)のみがフワルナフを入手することができたのだが、非ペルシア人のフランラスヤンが3回この湖に飛び込んでフワルナフを得ようとした。フワルナフは逃げ出し、そのたびに湖の水があふれて3つの川が流れ出した。 インドにこの神話はないがアパーム・ナパート(Ap?m Nap?t)という同名の神格が存在し、これは炎であると同時に水中に棲むとされていた。

異説 これら諸神話を比較すると、ローマのみ、人力によって水の流れを制御していることが特徴的である(ほかの神話では「自然に」川が流れている)。デュメジルはこの点に注目し、ローマ人はネプトゥナリア祭において、自然の川の制御だけではなく、人工の水の流れの制御についても祈りを捧げていたのではないかと考えた。しかしネフタンやネプトゥヌスの語源については別の説も呈示されている。また、インド・ヨーロッパ語族という観点とは別に、ネプトゥヌスはエトルリア神話の水と井戸の神ネスンス(Netuns < *nep-「湿」)と神格および名称が類似している。現在神話の残っていないネプトゥヌスの原神話を再構築するには多くの難関が存在しているのである。

コーンスス(Consus)は、ローマ神話の穀物の神。例祭のコーンスアーリア祭は8月21日、12月15日。 ザビニ人の女たちの誘拐は8月21日の祭の日に行われたという日経225 に妻となる女性が不足していたため、コーンスス神の祭にザビニ人を招待し、女たちをさらった。これが原因でローマ人とザビニ人との間に長い戦争が起こったとされる。 パラティヌス丘の麓の大円形競技場キルクス・マクシムスの中央地下にコーンススの祭壇があり、祭の日のみ掘り出された。祭ではウェスタの巫女とクゥイリーヌスのフラーメンが犠牲を捧げ、初穂の奉納と競技、ラバによる競馬が行われ、祭のあいだ馬とロバには休みが与えられた。 またコーンスアーリア祭で競馬が行われたため、コーンススはネプトゥヌス(つまり馬の神ポセイドン)と同一視された。

ペーガソスは、ギリシア神話に登場する伝説の生物。鳥の翼を持ち、空を飛ぶ馬。ローマ神話ではペーガスス(Pegasus)といい、英語読みペガサス(Pegasus)でもよく知られる。日本語では天馬(てんま)とも呼ぶ。

誕生 ポセイドーンによって身ごもっていたメドゥーサをペルセウスが倒した際、メドゥーサの首の切り口からクリュサオルと共に生まれた。その後ペルセウスはヘルメースから与えられた翼のあるサンダルで、エチオピアの上空を飛んでいるときに岩に縛り付けられたアンドロメダを発見した(一説にはペーガソスに跨っていったともされる)。 ペーガソスはその後ポセイドンからベレロポンに与えられる。彼はアテーナーの黄金の手綱を使ってペーガソスを駆り、キマイラ退治をはじめ数々の武勲をたてるが、次第に増長し、ついには天にある神の国に昇ろうとした。それを怒ったゼウスは一匹の虻を放ち、ペーガソスの鼻を刺させた。驚いたペーガソスはベレロポンを振り落とし、そのまま天に昇って星座(ペガスス座)となった。ベレロポンは墜死した。 紋章学上では、教養や名声の象徴である。

もうひとつの説 細部の違う諸説がある。 英雄ペルセウスが切ったメドゥーサの首の血が、地に滴って生まれたともいわれている(父は同じく海神ポセイドーン)。眠りの神ムーサが、馬の泉とされるヒッポクレーネで飼っていたが、天に昇りゼウスの雷と雷光を運ぶ役をしていた。 ある時、コリントスのペイレーネの泉で水を飲んでいた所、英雄ベレロポンが捕らえて自分の馬とした。ベレロポンはペーガソスに乗って、怪獣キマイラの顎の中に鉛を詰め込んだ。すると、キマイラの吐き出す炎で溶けた鉛の毒が全身に広がり、キマイラは退治された。しかし、神々に気に入られたと早合点したベレロポンは天上に昇ろうとしたため、ゼウスの怒りに触れた。ゼウスに遣わされた虻がペーガソスを刺し、天馬はベレロポンを振り落とした。その後、ベレロポンは足を折り、一人淋しくその生涯を終えた。

上記の説との違い この説では首の切り口から滴った血から生まれている(FX 初心者 、同じものかもしれないがちがう様にもとれる)。ベレロポンはポセイドーンに与えられたというよりも、自力で捕らえている(これも同じものかもしれない)。天馬から振り落とされた時、ベレロポンは墜死せず、足を折って再起不能となっただけですぐには死なず、生き延びている。 ペーガソスは霊感の象徴とも、天上の星座ともなり、ローマ時代には不死の象徴ともなった。

トリートーンは、ギリシア神話に登場する神の一柱。深淵よりの使者とされる。海神ポセイドンとアンピトリテの息子。パラスやメラニッポスの父。人間の上半身と魚の尾を持つ人魚のような姿で描かれるのが典型である。

海の神トリートーン 父親と同じく、彼もまた三叉の矛(トライデント)を持っている。しかし、彼の最たる特徴は、波を立てたり鎮めたりするためにラッパのように吹く法螺貝である。 高らかに吹き鳴らされるその音たるや、巨人たちが「強健な野獣のうなり声だ」と勘違いし逃げ出すほど恐ろしいものであった。(Hyginus, Poet. astronom. ii. 23) ヘシオドスの『神統記』によれば、トリトンは深海の黄金宮殿で両親とともに暮らしている。アルゴ船物語では彼の家をリビアの海岸だということになっている。 アルゴ船が小シルテスの浜に打ち上げられた際、乗組員らは大船をトリトニス湖へ運び、そこの神であるトリートーンが彼らを地中海へと導いた。(Apollonius Rhodius iv. 1552) トリートーンはまたローマ神話や叙事詩にも登場する。 『アエネイス』では、アエネアスのラッパ吹きであるミセヌスがトリトンに対しラッパ吹き競争を挑んだ。 勝利したトリトンは傲慢な彼を海へ放り投げた。 時を経て、トリートーンの名前とイメージは、人魚のような生き物の類であり、雄または雌で、海の神々の護衛隊を組織するTritonsと関連づけられるようになった。 一般的なトリートーンらは地理学者のパウサニアスによって詳細に述べられている。(ix. 21). トリトンの種類として、ケンタウロ-トリトンまたはイクチオケンタウロスが、人の体と魚の尾に加えて馬の前足を持つ者として述べられている。 これは、トリートーンの着想がフェニキアの魚の神ダゴンに由来する事による可能性がある。

衛星トリトン トリトンにちなんで名づけられたものの中に、海王星の最大の衛星トリトンがある。 海王星の英名ネプチューンの語源であるローマ神話のネプトゥヌスはギリシャ神話のポセイドンと同一視されており、この衛星の名は象徴的である。

名港トリトン 名港トリトンは伊勢湾岸自動車道の名古屋港に架かる3つの橋の愛称。それぞれ赤・白・青の3色に色分けられている。トリトンが海の神ポセイドンの息子であることや、「トリ」が「3つの〜」を意味する「tri-」に通じることからこの愛称が使用されることになった。 橋長はそれぞれ758m、1,170m、700mに及び、世界的に最大規模を誇る往復6車線の海上斜張橋梁群である。